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2025年4月18日 (金)

惜別 ロバータ・フラック

  毎年2月のヴァレンタイン・シーズンで、”愛の歌”や”デュエット・ソング”への要望を募ったりリクエストをいただいたりすると、ほぼ確実にお応えすることになるのが、ピーボ・ブライソンとの「愛のセレブレイション」でした。70年代から洋楽に親しんできた世代にとっては、インスタント・コーヒー=ネスカフェのTV-CMをイメージした時、「追憶」と並んで耳に馴染み条件反射のように胸に沸き起こるメロディーが、「やさしく歌って」でしょうか。そこで、どこまでも自然に敷き詰められ、ややスモーキー(くぐもったような)で独特の響きと味わいを伝えていたのが、ロバータ・フラックの歌声です。

 ロバータの訃報が伝えられました。2025年2月24日、88歳で神の元へ。幼い日々、ニューヨーク・ダコタ・アパートの隣人だったショーン・レノンは”家族ぐるみの親しい友人でした。信じられないほど優しく、類い稀な才能の持ち主。知り合えたことに永遠に感謝します”。ピーボ・ブライソンは”私の音楽とエンターテイメント人生を永遠に変えた、最大のインスピレーション”。レッド・ホット・チリペッパーズのフリー、タイラー・ザ・クリエイター、サラ・ジェシカ・パーカーをはじめとする多岐にわたる多数の人たちが報せを受けて、彼女への賛辞を寄せています。

 ロバータは、ノース・カロライナ生まれ。15歳でワシントンDCのハワード大学に奨学金入学を果たした神童でした。クラシック/声楽を学び、中退後、音楽教師/クラブ・ピアニストを経て69年デビューを果たしています。72年の「愛は面影の中に」と73年の「やさしく歌って」。これらで、全米No.1にしてグラミーのレコード・オブ・ザ・イヤー2連覇なる歴史的偉業を成し遂げ、74年の「愛のため息」も全米1位。この3年間の音楽の波の中で、ロバータがどれほど耀きに満ちた創作に邁進していたか、実はリアルタイムでは触れていなかった私も想像するだけで胸がときめきます。ようやく、最新のヒット曲として耳にできた「私の気持ち The Closer I Get To You」(78年)での、言葉にし難いほど厳かに人の心を無限に引き込んでいく歌の世界には、表現に向き合う価値観を変えられるような穏やかにして激しく、そして心地よい衝撃を受けました。その曲で、もちろんそれ以前からも重要すぎるパートナーシップを紡いでいたダニー・ハサウェイの存在を識った上でも、ダニーの夭折(1979年1月13日 享年33)がロバータにもたらせた喪失感の深さは、私には到底解り得ないものです。以降も彼女は、ジャズ、クラシック、ブルース、R&B、ゴスペルーそうした豊潤な表現に根ざした広く深く気高い音楽をどこまでも追い求め続けます。

 ロバータは、2022年ALSの診断を受け演奏活動から引退しました。

 その盟友ダニー・ハサウェイはもちろん、スティーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイ、カーティス・メイフィールドらのとてつもない逸材たちがソウル・ミュージックに新しい地平を拓いた1970年代前半という時代にあって、真に知性と情感を深く響く声で歌に乗せ、他の誰にもなし得ない創作として遺した、かけがえのない才能。それがロバータ・フラックです。逝去を心から、悼みます。

 2025年3月10日、ニューヨークはハーレムのアビシニアン・バプティスト教会にて、スティーヴィー・ワンダー、ヴァレリー・シンプソンをはじめとする多数が出席し、クライヴ・デイヴィスやピーボ・ブライソン、ヨーコ・オノといった人たちのメッセージ映像が紹介される中で、ロバータを讃えたイベントが開かれました。中でも強い印象を残したのがワイクリフ・ジョンと共に参加したフージーズのローリン・ヒルでした。

 実は正式な招待は受けておらず、半ば強引にその場に押しかけたーそんなコメントも謙虚なローリンは、この機会を見過ごすなんて、そして参加しないなんてあり得ないと述べ、そのスピーチはー

   ”ロバータの表現の才能は、新しい何かを創造する先駆けを超えたものでした。ニーナ・シモンと同じように、ブラックの人たちの崇高な知性の<美>へと、私をいざなってくれました。その美しさ、とは歌詞や声で直接訴えるだけではなく、黒人だからというだけで加えられた制約や向けられた敵対感情、人種差別に対して<ノー>と表明したことです。ただ美しさについて書いたのではなく、ロバータ自身が美しさそのものであり、抗議するだけではなく、ロバータ自身があらがうことの象徴でした。彼女が築き上げた物語は、どれほど時が経とうとゆるぐことはないのです。それがいかに気品に満ち重みがあり限りなく繊細であるかを、誰も否定できないでしょう。ロバータの音楽の価値を教えてくれた両親にお礼を言います。そして、ロバータの存在、そのとてつもない才能を通じて、私たちの人生を祝福にあふれた豊かなものにしてくださったことを、神に感謝します。ロバータ・フラックーあなたは伝説です”

 ロバータの表現作品に刻み込まれた底しれない理知や様々な感情を共有し連帯する意識を正確に伝えるのは、いつかそこに着きたいとは思いつつも、今の私の力量ではとても難しいことです。だからこそ、ローリンのような、本当にすごい人による桁外れの賞賛に触れて心を揺り動かされた感動をとどめておきたいと願い、ここに記しました。

 ロバータ・フラックの音楽が存在する時代に生きられた偶然と、その歌声に巡り合えた幸運とは、最後の日まで私を幸せにしてくれるでしょう。

 

                                                       2025年4月17日 記 

矢口清治

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