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2018年8月21日 (火)

Jessie's Girlについて

1981年8月のこと

 37年前の夏、7月26日から9月7日まで初めての海外旅行でアメリカを訪れた私は、ホノルルでの入国手続き中に継続搭乗予定の便に置き去りにされるなどの初っ端からのトラブルの末、なんとか本土にたどり着き父の知人宅のサンフランシスコ郊外サンマテオに逗留して、長距離バス=グレイハウンドでの大陸横断に備えていた。

当時もちろん駆け出しだった私は幸運にもレコード会社のディレクター=Kさんから、友人の清宮基邦とふたりで新作アルバムのライナーナーツを書くチャンスをもらった。

私がバイオグラフィーとアルバムについてを、清宮がこれまでのそのアーティストの音楽性についてをそれぞれ担当した。

私にとって、オムニバス(コンピレーション)や復刻ではなく、まったくの新作LPの解説文に関わったおそらく初めての作品だったと思う。

9月の国内発売に向け出発直前に入稿した。そのアルバムからのシングルは3月に全米チャート入りし、じわじわと上昇を続けていた。サンフラシスコでまず行ったのがレコード店。

たしかダウンタウンのウェアハウスだったか、売り場の隅の壁際にヒット曲をカップリングした廉価再発シングル盤コーナーがあってそこに張り付き、持ってなかったのを買い漁っていた。

その壁に、最新ビルボードHOT 100のコピーが貼ってあるのに気づいた。

アメリカに着くのに懸命で、しばし忘れかけてたのを思い出した。

自分がライナーを書いた LPからの、あのシングルはその後どうなっただろうか。

もちろん最高にカッコいいロック・ナンバーだったその曲を大好きだった。

その上、少しでも関わったことで特別な感情を抱いていたのだろう。

コピーを眺め、つらつらとチャートを下から追っても、なかなかその曲が見つからない。

もう姿を消したのか。結局2位までの中にはない。

そう、前の週の3位から上がってHOT 100 19週目にしてそれは堂々の第1位を獲得していたのだ。

”やった~”と心の中で叫び、あまりの驚きと喜びで私はその場にうずくまったと思う。

実に奇妙な東洋人の若造だ。

清宮と私がライナーを担当したLPは『WORKING CLASS DOG 』ーその瞬間からリック・スプリングフィールドの「ジェシーズ・ガール」は、生涯忘れられない全米No.1ソングになった。

 

なんてことを今週の放送で述べようと思ったけど、あまりに個人的なのでわがままにもこちらで勝手に吐露しました。

 ご精読いただだき、ありがとうございました。 矢口清治

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